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東武熊谷線 [鉄道(廃線跡)]

かつて熊谷と妻沼を結ぶ東武熊谷線というのが走っていました。1983年5月31日に廃止となり、線路跡は遊歩道や道路となっており、昔鉄道があったという面影がありません。
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石原歩道橋付近から撮影。横切るのは国道17号線で、正面がJR高崎線方面です。秩父鉄道から別れるあたりから線路跡は遊歩道として続いています。

熊谷方面を撮影。線路跡は「かめのみち遊歩道」として遊歩道化されています。両サイドの柵が鉄道があった名残。
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しばらく進むと「かめのみち遊歩道」の終点で、この先は舗装された道路となります。

所々境界標が残されており、これが頼りになります。
DSCF0994.jpg
再び自動車進入禁止の道路へ。舗装されていないですが、歩行者は通れます。

旧大幡駅。事前の調査が無いと素通りするところでした。道路化されるようで今は歩行者くらいしか通れません。道がほぼまっすぐなので迷うことは無いです。
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奈良小学校裏手付近。畑に等間隔に杭が立っています。恐らく鉄道境界の名残と思いますが。
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吉貞という会社の裏手。ここだけ廃線跡だけ一部空き地になっています。
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奈良小前交差点付近。恐らく立体交差であったと思いますが、基礎部分だけが残っていました。

福川に架かる橋は東武橋といいます。1988年3月に改築したようです。この道路もその辺りに造られたのでしょうか。

旧妻沼駅。ここも事前の調査が無かったら通り過ぎていたと思います。

妻沼駅の先は車庫になっていたようですが、現在は空き地となっています。ニュータウン入口というバス停から熊谷方面を撮影。

さらに100mほど先に行ったところに妻沼中央公民館があり、敷地内にキハ2000型が静態保存されていました。東武熊谷線は開業当初SLによる客車でしたが、昭和29年からキハ2000型を投入し、廃止されるまで活躍していました。

車体番号は青でペイント。

車内は悪戯対策のため鍵がかけられていますので、車内見学を希望したい場合は事務所に行って開けて貰います。

運転席脇は優先席。この反対側は一般席。

こちら側の運転席には実際に座れます。

所々綻びが・・・。

最後に足回りを。時々ですが、色の塗り直しがされているようです。カバーが外れているのは蓄電池箱です。

エンジン周り。
結局この日、国道17号線からここまで歩いてきましたが、だいたい70分ほどかかりました。
DSCF1081.jpg
この先利根川に向かって道路の脇に妙な空間があります。恐らくこの空き地が線路敷設予定地だったのではと思います。
※2017.7.01追記
2017.6.18 追記

タグ:東武熊谷線
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風旅記

こんにちは。
東武熊谷線の廃止から随分と時間も経ち、痕跡を見つけるのは難しいようですね。
のどかな風景を走る小さな気動車は、きっと絵になったのではないかと思います。
大手私鉄が導入した気動車と言えば、他には名鉄の支線向けがありますが、これも含めて全廃になっています。
今となっては希少な存在、せめても保存車両や当時の記録が失われないことを願うばかりです。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/
by 風旅記 (2016-05-24 13:50) 

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